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2010年12月

清める行為

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尼さまは、毎朝五時に起き、冷水を浴びられます

汚らわしい今世で、いかに清めていけれるか…

タバコのにおいの染み付いた方が近くにいれば、そこから去ります

汚らわしい中から逃げ去るのではなく、そこに同時に存在しながらも、いかに清めていられるか…課題なんです。

清める行為は、浄化なんです。

どうして浄化が必要か…アセンションするためには浄化、清めることが必要なんです。

どうしたら浄化できるか、清めることできるか…

ただひたすら神に祈ることではなく…

不調和の自分を見つめ、あるがままの自分を知り、そしてただ生きること

今世の日常生活に自らを与え、その中で試されることをそのまま受け入れ、ただただ生きるのみ…なのです。

自分の中の、暗闇の中の深い部分を知ること、自分理解から始まり、それをただただ受け止め生きるのみ

清める行為は、自己洞察から始まるのです。

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アセンション

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アセンション(次元上昇)に向かって、偽りのものは滅びつつある

偽りの中生きてきたことに気づき、再生、リセットしよう…と、もがく

本来の自分からどんどん遠のき、再生できないことに気づき…

苦しみの中の魂を解放するしかない、と気づくと自死を選んでしまう

自死は、魂の解放

ブッタもキリストも、かつて自死を容認していたという説

心身の「もうこれ以上は耐え難い、無理だ」  と、言う声

現世に生きることが、苦しみ儚さのみ…と気づく

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抜けられないトンネル

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涙が出ない夜はない…泣かない夜はない

自然に出てくる涙…流れ落ちる涙粒

完全に鬱

どうしたら…抜けれるのか

薬しかないのかな…

ヒプノ療法…神様への祈りも…自分を掘り下げ気づくことばかり

どんな瞑想も…

これでも、これでもって言うほどの気づき…苦しい気づき

気づいて、さあ自分を変えて生きよう、とはなれない

気づいたことでの更なる鬱

抜けれないトンネル

生きていること自体が、もう鬱と思える…

気にしないで…と囁く声

それでも良いって言ってくれる声

遠くに聞こえるようで、でも抜けることできない

抜けることができる方法があれば…教えてほしい

鮮やかな花たちの前に手を合わせながら…(合掌)

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神からのミッション

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一生懸命であった…頑なになるほど

頑なに、一生懸命なり…周りも壊した…自分も。

一生懸命になるのは、自分の信頼を得ようとするため

人は、自分や他者からの信頼を得て、存在する。

信用ないと崩れ落ちる

一生懸命に頑張って信用を得ようとして、

一生懸命になりすぎて、信用を壊すこともある

神様は、頑なに一生懸命に頑張り過ぎることを応援はしない

頑なにならず…しなやかなわかちの中での一生懸命を応援して下さる

自分自身のミッションに気づいて生きるよう…

神からのミッションに気づけた人は、幸いである。

そこに自他ともに信頼が生じてくる

ただ、回復したいのはあなたからの信頼

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祈りの風景…2

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心落ち着き、穏やかになれる場

自然と祈りたくなります

神様…あなたのことをもっと知りたい

あなたの下に近づくために…

あなたの下に近づきたい…

あなたの下に逝きたい…

祈ります。

出来事はすでに霊の世界で決まっている

霊の世界から、いい出来事がとして降りてきますように…

だから祈るのです

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初積雪

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雪虫を見ないまま、冷たい白い天からの賜物

一晩ちらちらと初積雪

全てが白く冠をかぶっている

冷たい…寒い…

でもどこかで誰かも貴方も頑張っている

白い雪で繋がりを感じる…この世での繋がり

どこかで…きっと…

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祈りの風景

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誰も知らない私の人生

誰も知らない私の生きざま

誰も知らない私の悲しみ

誰も知らない私の苦しみ

誰も知らない私の痛み

誰も知らない私の孤独

しかし

神様だけが知っておられる私の人生

神がお造りになった私の人生

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降誕月

傷ついた心を癒す…数年間彷徨っている

傷ついたことを押し殺していると、どこかで、噴火する

噴火は、攻撃的になり、それは、傷つきの連鎖となっていく

傷つきその人らしさを失うことは、スピリチュアルペイン

その人らしさを取り戻せること、スピリチュアルケアである

頭の中では、わかっても…実践として、なかなか伴わない

親が愛する子どもへ攻撃的に…虐待することの勃発

親自体が傷ついて、癒されていない…そういう現世

神様、癒されていないものの中に入ってきてください

そういう癒しが期待される月

ただただ神に祈るのみ…全ての人の祝福と平和を…

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